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私たちは大阪でWebサイトの制作を請け負っている自営業者の夫婦です。
他の自営業者の方々と同様に、私たちも生活と仕事がごちゃ混ぜになりながら毎日を暮らしています。
ただ二人とも趣味と仕事がほとんど一緒なので、というよりは趣味らしい趣味もみつからず、仕事だけでしか自分達の居場所を見つけられないような有様なので、生活と仕事の境界が曖昧な状態だとしても、休みの日も熱中して仕事してたりとか、仕事が終わって疲れたから一杯やりながら仕事の話ししてたりと、わりと楽しんで暮らせています。
今回はそんな自分達に、子供を授かってから生まれるまでと、生まれてから育てるところの話しを、私(夫)の視点から書いてみたいと思います。

現在子供は2歳を過ぎ、日に日に自分で出来ることが増えて親の私たちを喜ばせそして驚かせます。
たまに「一人だけの子供育てて子育てしたような顔するなんて、甘い甘いw二人以上育ててからが本当の子育て」などという意見をお持ちの豪傑母ちゃんとかもいますが、その基準でいうと私たちが子育てを語るなんてまだまだ早いのかもしれません。
しかもまだ2歳なんて、カワイイばっかりでお前は子育ての大変さの本質を何もわかっていない、なのに何を語ることがあるかといぶかしむ声もあるかもしれません。
もちろん、万人にとって参考になるような子育てを私が語ることは無理だと思います。
しかしながら自分が体験してきたこと、それを通じて感じたことが全くないわけではないので、今回はそれについて書いていきたいと思いました。
ちなみにこのブログはいちおう仕事に関すること、特に仕事に関する技術について覚え書き程度で書き留めることを目的としているブログですので、こういった自分語りはこの場に似合わないかな、と思って、掲載するブログをどこにしようかと一時期迷ったのですが、わりと同業者で似たような境遇の方も多いと知り、少しでも参考になればと思いこのブログにアップすることにしました。

まずは妻が妊娠したときのことから、時系列を並べて書いていきたいと思います。

妻の妊娠、喜び!そして不安

夫婦共通で友達の結婚式に呼んでもらって、東京に行ったその帰り。
少し体調不良を訴える妻。微妙〜〜に気分が悪いらしい。
「ちょっと風邪かなあ。風邪ひいたかもしれん」
「ほうかあ、しんどいなら酒でも飲んだら紛れるんじゃないかねえ?」
いつもながら適当な私。
そのあたりからはじまります。

大阪に帰ってきて、次の日になってもなんだか復調しないようすの妻。
「正宗さん、私、お腹に赤ちゃんがおるみたい……」
市販の妊娠検査キットで測った結果、陽性反応だった妻は、喜びと不安の入れ混じった表情で私にそう報告しにきました。
「ほうか!!!!やった!!!!!」
頭の中でファンファーレが鳴るとはまさにあのときのこと。
私は読んでいた週刊少年ジャンプを放り投げ(正確にはまたあとで読もうと思っていたので読みかけの位置がわからなくならないよう、床にそっとふせ)、小躍りしたのを覚えています(どういう踊りを踊ったかは思い出せません)。
※あと、そのときまでは妊娠だと知らなかったとはいえ、体調不良を訴える妻に対して、適当にお酒を勧めた自分をすごく責めました。

しかしながら次に襲いかかる漠然とした不安。
もちろんその不安の内訳は妊娠と出産にまつわる妻の肉体的、精神的な変化に対する不安などが主ですが、そこは一旦置いておいて、今までの仕事と生活に対する不安についても、多少ながら二人とも感じました。

今までと同じように仕事が出来るの?

冒頭にも書いたように、私たちは生活も仕事もごちゃまぜにして、二人で100%のリソースを仕事に打ち込んできてやっと一人前の仕事として成り立ってきました。
子供が出来るということは、この暮らしに変化が起きるということ。それも仕事の量に関しては少なくなる方向で変化が起きることを意味します。
仕事量が減るのに、何も対策をしなくては質も落ちるのは明確に想像できます。
仕事の質が落ちるかもしれない……。
それは、二人がかりで何もかもリソースを全て使って仕事に打ち込んできて、やっと仕上がる一人前の仕事を通じて、なんとか掴めてきた自分達の居場所を失うことになるかもしれないということ……。
私たち夫婦は、このとき仕事に対しておぼろげながら不安を抱えていました。

そもそも自分なんかが父親になれるの?

私が父親を超える男に成る前に、父親は他界してしまい、私は一生そのことをひきずりながら生きています。そんな自分が父親になるのは生まれてくる子供に対して申し訳ないという気持ちになっていたのを覚えています。
何で自分なのか?俺みたいな情けない男が父親だなんて、この子がかわいそう……。
今思えば自分自身への甘え以外の何物でもないのですが、当時はそのような感情に支配されていたこともありました。

はじめて当事者に立つ目線。特に自転車が敵だった

私、自宅で仕事していることもあって普段ほとんど外に出ないので、主にマンガとゲームとネットで仕入れた浅ーい浅ーーい知識だけで世間を知った気になっています。
そんな自分の知見の狭さでのみの意見を申しますと、最近ではネット上でわりと自転車への風当たりが強いように感じます。
そんな中でこういう事をいうのは、弱者の側から叩きやすいほうに向かって叩いてる感じで嫌なのですが、実際に妻が妊娠してはじめて気がついたこととして、歩道を走ってる自転車がそうとう恐いという思いをしました。
何が言いたいのかというと、自転車はどこそこを走るべきだという主張をしたいわけではなく、そして危ない自転車について文句を言いたいわけでもないのです。
生まれて初めてだったのです。自転車を恐いと思ったことが。
妊娠している妻と一緒に歩く。たったこれだけのことでも、今まで見えていない世界が見えたことに驚きました。
そして見えてない世界が見えたことで驚くということは、ほかにももっと見えてない世界があるんだろうなということも、驚きでした。
ややこしい、下手な言葉遊びのように聞こえますが、自分にとって重要なことでした。

夫として何もしなくても進む工程

ふだん私は仕事ではプログラミングなどの技術者としてプロジェクトに参加します。
要するに作業員ですので、私が手を動かさないと、工程は進みません。
ゲームやインタラクティブ広告などの案件の場合、ボタンひとつでも、出てき方、存在の仕方、マウスオーバー、マウスアウト、クリック、その表現ひとつずつ作っていかないといけません。
それに対して、赤ちゃんの育っていく工程。自分が手を出す余地がまったくありません。

「はい、エコーのここ、心臓ができてますね。元気に動いてますよ」
このちっこいのが心臓!?きゃー!かわいい!!
「このツブツブが背骨です」
ほんとだ!背骨だ!ツブツブしとる!きゃー!
「はいこれがスネの骨ですよー」
ほんとだ!ホネだ!でかい!でかいけど小さいwwwきゃー!かわいい!!

自分が何もしていないのに、プロジェクトの工程が進んでいくのは、ものすごく新鮮な体験でした。
裏を返せば、自分が何もしてないのに工程が進むということは誰かが工程を進めているということ。
この場合は妻と子供ですね。
子供にはまだ意識とか自我とか、そういうのが存在しないなんてレベルじゃないくらい存在しないのに、はっきりと工程を進めていく意志を感じる。そして妻は自分の血と肉と骨を与えてそれを育む。
俺が毎日仕事の工程で行き詰まってるの小せえ!
生命すげえ。俺の妻は女神か?

3.11

2011.3.11の震災について、大阪で暮らしている私たちは実質的な被害を受けておりません。
震災でいろいろな被害を被って今なお苦しんでいる方々がたくさんいらっしゃるのに、被害を受けていない私たちが何を語るというわけでもないのですが、自分と自分の家族についてどうしても外せないエピソードがあるので、書いておきたいと思います。

震災について、まだ、思い出したくない方もたくさんいらっしゃるので、淡々と書いていきます。
あの日、私はちょうどぎっくり腰を患っていて動けませんでした。
もし、うちにも津波が来ていたら、あの日で私は妻とまだ見ぬ子供とお別れをしなくてはいけなかったこと。
たかがぎっくり腰でも、人間、死ぬときは死ぬ。その覚悟ができただろうか。
覚悟して、お別れして、適切なタイミングで妻とお腹の子を逃がすことが出来ただろうか。

震災とは関係ないのですが、また時系列も少しバラバラなのですが、子供が生まれる前後に何人も家族や親族を亡くしていて、それもあって特に震災以降、いつ、突然に、どういう形であれ、誰かとお別れをしなくてはいけない、その覚悟を常にもっておかなければいけない、そういう風に考えるようになりました。

出産

臨月を過ぎてからは特に毎日毎日、いつ生まれるかと楽しみでしたが、予定日を過ぎても一向に生まれてくる気配がないので、医師と相談していついつ何日までに生まれなければ陣痛促進剤というクスリを使って陣痛を促しましょう、という計画をたてました。
そしてその計画の日。
つまりクスリで陣痛を促進させて、予定でいえばそのまま子供が生まれる日。

妻が妊娠してから今まで、定期検診にも欠かさず付き添って二人でエコー写真みながら写生して顔を想像したりしてた日々。
正宗さん当然出産には立ち会うんですよね、と思いきやちょっとだけ違います。
私は、ちょっとこう、生っぽいものと血が苦手なので、出産には立ち会いませんでした。
陣痛までは立ち会って、いざ分娩が始まったら私だけ退室。

難産といえば難産で、分娩開始から45分を経過しまして、普通なら赤ちゃんが危険なのでそのまま帝王切開にいくらしいですが、赤ちゃんの心音がめちゃめちゃ丈夫なのでそのままいけるだとろうとエイヤッと出産(医師談)。
生まれました。生まれましたよ!カワイイ赤ちゃんが!

ご対面─出血

「お父さん!おめでとう!生まれましたよ!サア、入って入って!」
グフフwwwおれがオトウサン??グフフのフw
助産婦さんたちに招き入れられ、生まれたばかりの妻と子供とご対面〜。

オウフw室の中はまだ、こう、血まみれでゴワスなあwwオウフw

室の中央には、分娩台に横たわる、妻とその胸に抱かれた生まれたばかりの赤ちゃんが。
少し疲れたような表情で、嬉しそうにほほえむ妻が何故か輝いてみえました。
嬉しい。あなたが女神か。
それにしても我が子。おおこれが我が子か。
はじめて会ったのにどこか懐かしい顔。お父さんとかひいばあちゃんにそっくりやなwww
うちの子以外に7人もいる甥っ子姪っ子達と共通する、色濃く出る宇都宮一族の顔wwwまんまやなw

「お〜正宗か…。ひさしぶりじゃのう…あ…はじめましてか…ともかくこれからよろしくな…」
一瞬、目があって、スゥと眠りにつく間に、この子はそんなことを話したような気がしました。
本当、初めましての気が全然しない!

「先生、出血が」
「収縮剤!点滴!」
「点滴なくなりました」
「もっと!」

女性の子宮の中で胎盤を通じて繋がってた赤ちゃんを出産したあと、胎盤も剥がれ落ち子宮は自動的に縮みます。
もしこれが縮まなければどうなるか。
胎盤は動脈と繋がっているので、これが剥がれたのに子宮が縮まなければ動脈は開きっぱなし。大量の出血があります。
その場合は子宮を収縮するクスリを点滴するのですが、この点滴を一本使い切ってもまだ縮まない状態……。
動脈なので、心臓が脈打つごとに吹き出す大量の血。

え……ちょっとまって……。

結論から言いますと、結局は母子共に健康だったのですが、あのときは本当に恐かったです。
とまらない妻の出血。
子供が生まれた喜びよりも、もしかしたら妻を失うかもしれない恐怖のほうが勝っていました。
妻は普段から本当に泣き言を言わないので、あのときも真っ青な顔をしながらも
「正宗さん…うまれたねえ…」
「宇都宮家の顔やなあ…カワイイなあ…」
「なんか帽子かぶせられたで…あ、怒った…w」
と、本当に幸せそうな顔をしていました。
それに対して、もしかしたら妻を失うかもしれないという恐怖に支配されて、あまり子供を直視できないでいる自分。

がんばり屋の妻はすぐ無理をしようとするので、とにかく安静にしてもらいたかったし、かといって出産という大仕事を終えた直後の妻に余計なこと言って不安がらせてもいけないし、本当にただおろおろとしていました。

母と夫

ついさっきまで、子供が生まれる本当についさっきまで、自分の妻であり何年来の恋人であり親友であり、数々の仕事を共に切り開いてきた戦友であり同僚であり立場的には部下であり、夢と居場所を共にした、そんな彼女が目の前にいたんですよ。
その妻は今では真っ青な顔をしながらも、俺の子供を慈しむ、母の顔になっていました。

ただ、こういうふうに書くと、なんか女性は子供を産んだ瞬間から母性が芽生えて云々、そういう意見がかえって子育てに苦しむ女性を追い詰める場合もあるかと思います。
私が言いたいのはそういうことではなくて、私の子供を10ヶ月間お腹の中で育み、言葉通り強烈に命のリスクを冒して出産する、それがまず妻リスペクトということです。

この時点で、妻は私の子供の母になり、私は妻の夫のままでした。

まずは世間に感謝

男ってすごいですよね。
妊娠にはじまり、工程表の話しをしつつ出産までの間に、本当に何もしない、というかできない。
できることといえば、歩道を走る自転車の盾になるくらいがせいぜいでした。
どんなに偉そうにしてても、自分の子供ひとり生んでもらうのに、自分ではなにもできないのに、地域のご近所の方々やタクシー会社、区役所をはじめ産婦人科の先生、助産師さんたちをはじめとする医院のスタッフ、仕事の調整を快く引き受けてくださった取引先の各方面の方々、ほんとうに色んな方々のご協力がないと何もできないことを学びました。
なんかもう俺この街でゼッテーでかい顔できない。
ありがとうございます。ペコリペコリ。

抱っこしてみたら?

アカギを読んだ限りでは、麻雀中に血をぬけば人は死ぬ!でも出産のときは出血多くても不思議と死なない!母は強し!
普段マンガから得られる知識に加えて、またひとつおりこうになることができました。
命のリスクを負ってまで生む女性の前で、本当はこんな軽く言っていいことではないのかもしれませんが、あのときの恐怖はまだ自分でも整理がついておらず、今のところふしぎと強いんだな、と捕らえることで前に進んでいこうとしています。

出産後、妻の入院中は朝から晩まで、面会時間いっぱいまで毎日通いました。
普段、ほかの科目の病院での面会って親しい人が怪我や病気で辛い思いをしているときなので、こちらも辛いのが普通ですが、産婦人科の面会ってこんなにもウキウキワクワクルンルンするものなのかと、嬉し楽し面会の経験は初めてでした。

その面会での初日のできごと。
集まってきた妻の家族たちにも生まれたばかりの赤ちゃんをお披露目しつつ、はじめてのオシメ換え、授乳、などなど助産婦さんに教えて貰いながらそれをこなす妻を遠巻きでニコニコニコニコ見守る俺氏。

「正宗さんもほら、抱っこしたら」

俺の子!

ほうや!
この子は俺の子!
俺も抱っこ!

それまでは、なんとなく、どこか人ごとというか俺の子なんだけど妻のもの、みたいな感覚だったのを覚えています。
ちょうど”妻の携帯電話”に近い感覚というか。おーい、鳴ってるぞー。と。
そうじゃなくて、妻が産んだ、俺の子!
そう!俺が抱っこしていいんだ!

未だにこのスイッチの切り替わりをどのように言葉にして表現したらいいのかわからないでいますが、ここでスイッチが切り替わったのを凄く覚えています。
そこから先は、まわりからはちょっとバカにみえたと思いますが、とにかく積極的に子供に関わるようにしてきました。
お父さんが一日中、抱っこして離さないのが周りからは滑稽に見えるみたいで、よく笑われました。
でも、俺の子なのに授乳だけは私ではできないので、そこは妻にまかせるとして、それ以外は出来るだけ自分もやるようにしました。

イクメン?

状態に名前を付けることで一般化しやすくなる、という意味においてイクメンというのはいい言葉だと思います。
私もそういう言葉があるのを妻が妊娠中のときに知りましたし、男性の育児参加はとてもいいことだと思っています。

私が言いたいのは、男性も育児参加しろ、ということではなく、男性も子供の世話を独占してもいいんぞwということです。
なんていうか、言葉として似ているけどスタンスの違いなのかなあ。
自分のものなので(赤ちゃんをモノ扱いするのは本当はよくないかもしれませんが、当事者意識の表現として、そういうふうに書いてます)俺に抱っこさせろ。いや、ウンチの換えはおれがやるから。寝かしつけは俺にまかせろ。授乳、ありがとうな。etc...
もしかしたら世間からは奇妙に見えるのかもしれませんが、カワイイカワイイ俺の赤ちゃん。
是非ともここはお世話を独占して赤ちゃんと妻のハートをわしづかみにしたいところです。

保育園

冒頭でも話しましたが、私たち夫婦は自営業者です。
子供が生まれてすぐ、まだゼロ歳の我が子を保育園にあずけて働かなければなりませんでした。
まだゼロ歳の子を保育園にあずけて夫婦二人でフル回転で働いて、やっと一人分の平均収入をギリギリ下回る程度の稼ぎ…。
これは取引先から適正な評価によって適正な収入をいただいているにもかかわらずこうなので、私たちの仕事のやり方が下手なだけですが、その話しはまた別で機会を作るとして、私たちに重くのしかかる課題です。
唯一の救いは、子供は毎日楽しそうに保育園に通ってくれてるところです。
保母さん達スタッフも頼もしく、本当に我が子ひとり育てるために地域のいろんな方々のお世話になっているなあと実感する日々です。

脱チキンレース

結婚して、育児して、お互いの間で起こりがちなのが、分担のチキンレースです。
これを自分が担当すると、一生自分がやらされる…。仕事を増やしたくないから気付いていないふりをするチキンレース。
家庭でも仕事でも、はやくこのチキンレースから脱出しないと、必要とされなくなりやがて居場所を失うのは同じです。
自分が頼りにされる場をみつけて、どんどん居場所を食い込ませていきたいと思います。

ありがとうを言う

これが一番基本で、一番難しいと思います。
私も、妻に言えているかというとあまり言えていません。
それでも妻は毎日私に行ってくれます。
「正宗さん、お皿洗ってくれてありがとう」
「おしめ換えてくれてありがとう」
「いつもありがとう」
こちらこそありがとうです!水もなんか、えーと、結晶!

女神か!?

ヤンキーくさい小心者プログラマーと、田舎っぺデザイナー。
もがきまくって満たされない何かを埋めるかのように進んできた毎日の中で、小さな幸せをみつけました。
生活は相変わらず苦しいままだし、仕事の量を減らした代わりに質を維持するためのプレッシャーも増えましたが、芋臭いデザイナーだった戦友でもある妻は、立派な大阪のオカンになりました。
で、気がついたけど自分が子育てに関わってること何も書いてないなあ。
機会があれば生まれてからのことももっと細かく書いてみたいですが、自分が何かしらのことが出来てるから育児ができているんではなくて、妻が支えてくれているから自分が何か出来ているという感覚が強いです。
たぶん女神なんだと思います。

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